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村上春樹的にワールドカップを語る

1 :名無しが急に来たので :08/03/29 11:37 ID:qmL8KYGA
もしあなたがサッカーに芸術やスペクタクルを求めているのならブラジル代表の試合を観ればいい。
真に芸術的サッカーが生み出されるにはブラジル人選手が必要不可欠だからだ。
ロベカルやカフーがサイドを駆け上がり、レオナルドやリバウドが中盤で華麗にパスを展開し、そしてその間にロナウドやロナウジーニョは
ゴール前でチャンスを待ち、ラストパスやゴールのイメージをする。芸術的サッカーとはそういったものだ。
大した個人技もなくフィジカルに劣り、走るだけが取り柄の選手の集まりには、それだけの
サッカーしかすることはできない。
そして、それが僕らの日本代表だ。


26 :名無しが急に来たので :08/04/02 23:48 ID:HShSnJao
「だからね、ときどき俺は日本代表を見回して本当にうんざりするんだ。
どうしてこいつらは努力というものをしないんだろう、
努力もせずに不平ばかり言うんだろうってね」
僕はあきれて彼の顔を見た。
「僕の目から見れば代表に来ている人々はずいぶんあくせくと身を粉にして
仕事している印象を受けるのですが、僕の見方は間違っているのでしょうか?」
「あれは仕事じゃなくてただの労働だ」と彼は簡単に言った。
「俺の言う仕事とはそういうのじゃない。
仕事というのはもっと主体的に目的的になされるもののことだ」
「たとえば攻撃がシュートで終わって他のみんながホッとしている時に
マークの相手の確認を始めるとか、そういうことですね?」


27 :名無しが急に来たので :08/04/03 21:17 ID:itDUu9Zs
「日本代表に必要だったのは日本のサッカーというものを確立するための時間であり、経験だったんだ
それは何もとくべつな経験である必要はないんだ。それはごく普通の経験でかまわない。
でもそれは日本人のからだにしっかりとしみこんでいく経験でなくてはならないんだ。
代表のユニフォームが赤だったころ、日本のサッカーファンはワールドカップに出たかったけど、
そこでなにをすればいいのかわからなかった。
どんなサッカーをすればいいのかを発見するために、日本には長い歳月とハード・ワークが必要だったんだよ、たぶん」


28 :名無しが急に来たので :08/04/05 11:51 ID:o3oa4RBw
>>1で残念だったのはロベカルって書いたところだな。

ロベルト・カルロスって書けば、それっぽくなる。

29 :名無しが急に来たので :08/04/05 21:57 ID:XRlGC1u6
黄金世代の存在が失われてしまうと、日本代表の中にいろんなものが見あたらなくなっていることが判明した。
まるで潮が引いたあとの海岸から、いくつかの事物が消えてなくなっているみたいに。
そこに残されているのは、オタ以外の一般人にとってもはや正当な意味をなさないいびつで空虚なパスサッカーだった。
薄暗く冷たい世界だった。中田や小野がいた日本代表に起こったようなことは、その新しい監督の下では
もう起こらないだろう。私にはそれがわかった。
人にはそれぞれ、あるとくべつな年代にしか手にすることのできないとくべつなものごとがある。
それはささやかな炎のようなものだ。注意深く幸運な人はそれを大事に保ち、大きく育て、
松明(たいまつ)としてかざして生きていくことができる。でもひとたび失われてしまえば、
その炎はもう永遠に取り戻せない。日本が失ったのは黄金世代だけではなかった。彼らといっしょに、
日本サッカーはその貴重な炎までもを見失ってしまったのだ

30 :名無しが急に来たので :08/04/06 23:08 ID:AY7Qg86U
僕はボールを地面に置いてフリーキックを蹴る。
この繰り返しをすることが面白いなんて思ったことなんてないし、
意味があるとも思わない。
でも誰かが壁を巻いてボールをゴールに
入れなければならないのだ。

雪かきと同じなのだ。

「サッカー的雪かき。」と僕は声に出して言ってみた。


31 :名無しが急に来たので :08/04/07 23:47 ID:.OCipn7c
『どうしてマテラッツィに頭突きしたの』と僕はジダンに訊いてみた。
訊こうと思って訊いたわけではない。
それはふっと口をついて出てしまったのだ。

「僕にも確信が持てないんだ。こういう言い方って馬鹿馬鹿しいと思うだろう? 
でもほんとうなんだよ。僕はマテラッツィに頭突きしたような気がするんだ。
あのドイツ大会の決勝で僕はマテラッツィに頭突きした。そういう気がする。どうしてだろう?
どうして僕はあのエリアにマテラッツィと二人きりでいたんだろう?」


32 :名無しが急に来たので :08/04/08 21:57 ID:dGpCpXzc
「それはよかった。Jリーグは僕には向いていない。きっと君にも向いていない。
8年間鹿島にいたおかげで僕にはそれがよくわかるんだ。
僕は鹿島アントラーズで8年間、人生をほとんど無駄に費やした。
二十代のいちばんいい歳月だよ。よく8年も我慢できたと思う。
でもその年月がなかったら、たぶんジーコやトルシエからの代表招集も
あんなにうまくはいかなかっただろうね。そう思うんだ。」


33 :名無しが急に来たので :08/04/09 01:14 ID:qmEtKUmA
>>32
鈴木もぜひw

34 :名無しが急に来たので :08/04/09 15:59 ID:VnhDnafI
【中央日報】「日本人は第2次世界大戦を反省していない」村上春樹氏インタビュー[04/09]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1207723064/

これどうよ?

35 :川口能活2004アジアカップ :08/04/09 21:51 ID:LKAPl./.
僕は二十七歳で、そのと日本代表のゴールを守っていた。
八月の蒸し暑い空気が大地に暗くたちこめ、ブーイングを繰り返す中国人たちや、
閑散としたスタジアムの上に立った国旗や、反日メッセージのプラカードやそんな何もかもを
フランドル派の陰うつな絵の背景のように見せていた。
やれやれ、またPK戦か、と僕は思った。


36 :リネカー :08/04/10 22:24 ID:G1yT7aXo
イングランド代表を引退して日本に来たとき、僕のやるべきことはひとつしかなかった。
サッカー後進国でこぼれ球をゴールに流しこむこと― それだけだった。
メキシコW杯で得点王に輝いたことやブラジル戦でPKを外してしまったことや
そんなものはみんな忘れてしまうことにした。歴代2位のゴール数や代表のキャプテンマーク、そんな何もかもをだ。
はじめのうちはそれで上手くいきそうに見えた。しかし僕の中には何かしら
ぼんやりとした空気のようなものが残った。そして時が経つにつれて
その空気ははっきりとした単純な形をとりはじめた。
僕はその形を言葉に置きかえることができる。こういうことだ。

サッカーは22人でボールを追う単純なスポーツ。だが最後に勝つのはいつもドイツだ。

言葉にしてしまうと嫌になってしまうくらい平凡だ。まったくの一般論だ。
しかし僕はそれを言葉としてではなくひとつの空気として身のうちに感じたのだ。
メキシコW杯でもイタリアW杯でも、ドイツは常にイングランドを上回ってきた。
そして我々はそれをまるで細かい塵みたいに肺の中に吸い込みながら生きてきたのだ。

37 :ガッサ :08/04/11 21:32 ID:sdVo7DHs
僕はFAに電話をかけ、W杯にどうしてもいきたいんだ。
話すことがいっぱいある。話さなくちゃいけないことがいっぱいある。
世界中にイングランド代表のユニフォーム以外に求めるものは何もない。
酒をやめて代表に復帰したい。 何もかもをEURO1996の頃のプレーからはじめたい、と言った。
FA役員は長い間電話の向こうで黙っていた。
まるで世界中の細かい雨が世界中の芝生に振っているようなそんな沈黙が続いた。
僕はその間ガラス窓にずっと額を押し付けて目を閉じていた。
それからやがてFA役員が口を開いた。『君、今どこにいるんだ?』と彼は静かな声で言った。
僕は今どこにいるのだ?
僕は受話器を持ったまま顔を上げ、電話の周りをぐるりと見まわしてみた。
僕は今どこにいるのだ?でもそこがどこなのか僕にはわからなかった。
見当もつかなかった。 いったいここはどこなんだ?僕の目に映るのは
いずこへともなく歩きすぎていく白衣の看護士の姿だけだった。
僕は精神病院のアル中病棟のまん中からFAを呼びつづけていた。


38 :カントナ :08/04/12 10:04 ID:vadNfziA
たぶん僕は時代遅れなのだろう。でもマンチェスター・ユナイテッドで
7番をつけていた事を今でもとても懐かしく覚えている。
今は残念ながら、どのチームをみてもあれほどのゲームメーカーはいない。
たまにテレビやスタジアムでプレミアリーグをみるけど、
あれは僕にはあまりにも動きが忙しすぎる。
休憩するまでひと息いれたり、深呼吸をしたりという余裕がまったくない。
おい、たかがサッカーじゃないか、といつも僕は思う。
どうしてそんなに忙しくあっちみたりこっちみたりしなくちゃならないんだよ?
どうしていちいちそんな複雑にみなくちゃならないんだよ?


39 :カントナ :08/04/12 10:10 ID:vadNfziA
僕はフランス代表をやめてイングランドに帰化したとき、フランス代表のユニフォームを自宅に持って帰って置いた。
自宅にはトロフィーなどを置くスペースがあったので、そこにユニフォームを置いて、
俳優業やビーチサッカーに疲れるとときどき部屋に入ってぼうっと眺めていた。
でも不思議なことに、あのフランス代表で王様だった時のような
気分は二度と戻ってはこなかった。
どうしてかは僕にはわからない。でも何かが違っていた。そう、空気が違うのだ。
どうしてだろう?自分という人間の種類が微妙に変化したのだ、
たぶん。


40 :トッティ :08/04/13 23:19 ID:djZniTaQ
僕はセリエやローマについての多くをカッサーノに教えた。
殆ど全部、というべきかもしれない。
不幸なことにカッサーノは全ての意味で不毛な選手であった。
会えばわかる。酒癖が悪く、私生活は出鱈目であり、弁論は稚拙であった。
しかしそれにもかかわらず、彼はドリブルやラストパスを武器として闘うことができる
数少ない非凡なファンタジスタの一人でもあった。
バルセロナのメッシ、マンチェスターユナイテッドのクリスティアーノ・ロナウド、
そういった彼の同時代人の選手に伍しても、カッサーノのその戦闘的な姿勢は
決して劣るものではないだろう、と僕は思う。
ただ残念なことに彼には最後まで自分の戦う相手の姿を明確に捉えることはできなかった。
結局のところ、不毛であるということはそういったものなのだ。
数年間、彼はその不毛な戦いを続けそしてローマを退団した。
2006年1月のある晴れた月曜日の朝、ローマからスペインのレアル・マドリードに出て行ったのだ。
彼がローマで問題を起こしていたのと同様、レアルでも問題児になるのに、時間はかからなかった。

41 :ベッカム :08/04/15 22:41 ID:NiuAlD5s
たぶん僕の記憶が間違っているのだろう。レアルにいた頃の活躍は
それほどたいしたものではなかったかのかもしれない。僕がただ活躍したと
思い込んでいただけのことなのかもしれない。僕にはうまく思い出せなかった。
最後に代表のユニフォームを着たのがいつのことだったかも思い出せなかった。
僕が覚えているのは移籍金の額だけだった。298億円もあった。肖像権収入込みの金額だ。
会見では何百人というマスコミが押し寄せた。そのフラッシュの光のかたまりが、
まるで燃え盛る火の粉のようにテレビの画面に照り映えていた。
あれはいつのことだったのだろう?そしていったい何処だったのだろう。
うまく思い出せない。
今となってはいろんなことが前後し、混じりあってしまっている。


42 :中田 :08/04/16 21:38 ID:F7SAZP.o
ドイツW杯の終わりに僕はずっとつとめていたサッカー選手を辞めたが、
それはとくに何か理由があってのことではなかった。
仕事の内容が気に入らなかったというのでもない。
トップレベルとはいえないにしても年棒は悪くなかったし、
ファンやメディアの雰囲気だって寛容的だった。
代表やクラブにおける僕の役割はひとくちでいえば広告塔だった。
でも僕は僕なりによく働いたと思う。自分で言うのも変かもしれないが、
そういった戦術的な職務の遂行に限っていえばかなり有能な人間だったと思う。
戦術理解は速いし、運動量はあるし、ボールはさばけるし、現実的なものの考え方をする。
だから僕がサッカーを辞めたいと言いだしたときマネージメント事務所は
次のW杯も狙えそうなんだがと言ってくれたくらいだった。


43 :中田 :08/04/16 21:59 ID:F7SAZP.o
でも結局サッカーを辞めた。
辞めて何をするというはっきりした希望や展望があったわけではない。
もう一度ピッチに戻ってコーチのライセンスをとる勉強を始めるというのはどう考えても億劫だったし、
それにだいいち、今となってはとくに指導者になりたいわけでもない。
ただ僕はこれから先ずっとサッカーの世界にいて、ずっとその仕事を続けて
いくつもりはなかったし、もし辞めるなら今しかないだろうと思ったのだ。
それ以上長くいたら、僕の人生はたぶんそこでずるずると終わってしまうことになる。
なにしろもう10年勤めたのだ。


44 :平山相太 :08/04/17 21:30 ID:HBiw6kfI
僕はどちらかといえば、運動量の豊富な類ではなく、前線に張ることを好むFWだ。か
といって、世間とやらで待望されているところの、点取り屋の類のものでもない。単
に動きが遅くてチェイシングをあまり好かないだけなのだ。

しかし、いつまでもフリーランニングを嫌い、エースの身分に甘んじていられないことは僕自身が一
番分かっている。そういえば去年も同じことを考えていた。こんな僕でも、当然A代表
に打って出るべく、リーグ戦でアピールなるものを人並みにはやってみたのである。代表として
世界にでるからには、できることなら自分のプレーをしたいと、チャンスを選り好みし
すぎ、監督にすべからくダメだしされてしてしまったのである。そして僕は代表落ちしたのである。

世間からしてみれば、このご時世、何を贅沢をなどと怪訝な目で見られることは百も
承知だ。しかし、したくもないプレーで世界に行くなどということは、僕は考えられなかっ
たのである。

そう、僕はシュールなリアリストであると同時に、ペシミスティックなストライカーだった
のである。


45 :名無しが急に来たので :08/04/18 20:48 ID:xnA78Dfc
僕は自分が国歌斉唱中に勃起していることに気づいた。
それは今まで僕が経験したことがないほど強く激しいものだった。

46 :名無しが急に来たので :08/04/19 11:48 ID:jfLud2x2
ワールドカップとヒットラーの歩みはある共通点を有している。
彼らの双方がある種のいかがわしさと共に時代の泡としてこの世に生じ、そしてその存在自体よりは
ナショナリズムによって神話的オーラを獲得したという点で。ナショナリズムはもちろん
三つの車輪、すなわちテクノロジーと資本投下、それに人々の根源的欲望によって支えられていた。

47 :名無しが急に来たので :08/04/19 12:07 ID:jfLud2x2
人々は恐るべきスピードでこの泥試合にも似た素朴なボールゲームに
様々なものを与え続けた。あるものは「光あれ!」と叫び、あるものは「電気あれ!」と叫び、
あるものは「延長あれ!」と叫んだ。そして光がフィールドを照らし出し、電光掲示板がリプレイを映し、
延長戦やPK戦がくり広げられた。
スコアがプレイヤーの技量を十進法の数値に換算し、悪質なファールに対しては審判がカードで応えた。
次にゲームメイクという形而上学的概念が誕生し、ゾーン・デフェンス、プレッシング
オフサイド・トラップという様々な戦術がそこから生まれた。そしてこの時期において、
ワールドカップ・サッカーはある種の呪術性をさえ帯びるようになった。

48 :名無しが急に来たので :08/04/19 12:38 ID:jfLud2x2
ワールドカップ研究書「ワールドカップの20世紀」の序文はこのように語っている。
「あなたがワールドカップの観戦から得るものは殆ど何もない。ナショナリズムに置き換えられた
プライドだけだ。失うものは実にいっぱいある。歴代名選手の銅像が
全部建てられるくらいの銅貨と(もっともあなたにアンドニ・ゴイコチェアの銅像を
建てる気があればのことだが)、取り返すことのできぬ貴重な時間だ。
あなたがスタジアムで孤独な消耗を続けているあいだに、あるものはプルーストを
読み続けているかもしれない。またあるものはドライブ・イン・シアターでガールフレンドと
『勇気ある追跡』を眺めながらヘビー・ペッティングに励んでいるかもしれない。そして彼らは時代を
洞察する作家となり、あるいは幸せな夫婦となるかもしれない。
しかしフットボール観戦はあなたを何処にも連れて行きはしない。パスの交換を見つめるだけだ。
パス、パス、パス……、まるでパス回しそのものがある永劫性を目指している
ようにさえ思える。

49 :名無しが急に来たので :08/04/19 12:41 ID:jfLud2x2
永劫性について我々は多くを知らぬ。しかしその影を推し測ることはできる。
フットボールの目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。エゴの
拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。もしあなたが
自己表現やエゴの拡大や分析を目指せば、あなたはレッドカードによって
容赦なき報復を受けるだろう。

良きゲームを祈る(ハヴ・ア・ナイス・ゲーム)。」

50 :名無しが急に来たので :08/04/26 00:04 ID:B866xato
「完璧なストライカーなどといったものは存在しない。完璧なシュートが存在しないようにね。」
僕が鹿島にいたころ偶然知り合ったブラジル人名選手は僕に向ってそう言った。
僕がその本当の意味を理解できたのは解説者になってからのことだったが、
少くともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。
完璧なストライカ−なんて存在しない、と。
しかし、それでもやはり代表で前線にでるとなると、いつも絶望的な
気分に襲われることになった。僕に出来るプレーはあまりにも限られたものだったからだ。
例えばポストプレーができたとしても、ゴールを奪うことに関しては
何もできないかもしれない。そういうことだ.


51 :名無しが急に来たので :08/04/26 00:24 ID:B866xato
8年間、僕はそうしたジレンマを抱き続けた。―8年間。長い歳月だ。

もちろん、あらゆるものから何かを学び取ろうとする姿勢を持ち続ける限り
年老いることはそれほどの苦痛ではない。これは一般論だ。
20歳を少し過ぎたばかりの頃からずっと、僕はそういったプレーをしていこうと努めてきた。
おかげでサポーターや評論家から何度となく手痛い批判を受け、ブーイングされ、誤解され
また同時に多くの不思議なあだ名をもらったりもした。
様々なパスがやってきて僕にシュートを促し、まるで橋をわたるように音を立てて僕の上を
通り過ぎ、そして二度と戻ってこなかった。
僕はその間じっと口を閉ざし、何も語らなかった。
そんな風にして僕は20代最後の年をセリエAで迎えた。

52 :名無しが急に来たので :08/05/01 16:19 ID:lmtfpXpg
僕は正しい事をしたんだろうか?
「君は正しい事をしたんだ」ライカールトと呼ばれる監督は言う。
「だって君はリーガの世界で一番タフな10番のブラジル人なんだからね」


53 :名無しが急に来たので :08/06/20 02:07 ID:ZHxjsIc6
良スレ

54 :名無しが急に来たので :08/06/23 22:18 ID:SGwaJqyQ

「ねえ、巻さん。ところであなたの人生の行動規範っていったいどんなものなんですか?」と僕は訊いてみた。
「内田、お前、きっと笑うよ」と彼は言った。
「笑いませんよ」と僕は言った。
「フォワードであることだ」
僕は笑はしなかったけれどあやうくピッチ上に転げ落ちそうになった。「フォワードって点取り屋のあのフォワードですか?」
「そうだよ、あのフォワードだよ」と彼は言った。
「フォワードであることって、どういうことなんですか? もし定義があるなら教えてもらえませんか」
「自分が点をとるだけではなくて、フォアチェックや潰れ役とか、やるべきことをやるのがフォワードだ」
「あなたは僕がこれまで会った人の中でいちばん変わった千葉の人ですね」と僕は言った。
「お前は俺がこれまで会った人間の中でいちばんまともな鹿島の人間だよ」と彼は言った。
そして僕のゆるいパスにもしゃにむに突っ込んでいってくれた。


55 :名無しが急に来たので :08/06/24 21:13 ID:zOZRnX86
「代表に選ばれてるよ」
僕は、耳を疑った。
いきなり、そんなことを言われても僕と代表とを結ぶべき糸など
存在しないはずだ。
しかし、もう一度、電話の向こうの声は続けた。
「あなたの国の、代表チームに選ばれてるよ」
そして、電話は切れた。
僕は、あっけにとられた。

もしかしたら、これが協会からの代表選出の電話なのか?


56 :名無しが急に来たので :08/06/24 21:19 ID:zOZRnX86
「でもね」と彼は言って、煙草を地面に落とし、靴の底で踏んで消した。
「オシムの監督しているチームでは絶対にユーティリティって言葉を使っちゃ
いけないの。私たちは『ポリバレント』って言わなくちゃいけないの。
ユーティリティプレイヤーって、ほら、差別用語なのよ。
私、一度冗談で『器用貧乏な選手』って言ってみたの。そしたらすごく怒られちゃった。
そういうことでふざけちゃいけないって。
みんなすごおおく真面目にサッカーしてるんだから」


57 :巻誠一郎 :08/07/10 21:40 ID:OItb7Z2k
ときどき、まるで義務を果たすかのように僕は憂鬱になった。

冷静に考えれば僕が憂鬱になる理由などなかった。僕はたぶん代表に入るだろうし、
それなりのプレーでチームに貢献するだろう。僕はその仕事をある程度はこなせることを予感
している。特にゴールを決めなくても、ポストとしてそれなりにうまくやっていけるだろう。
もともと僕にはたいした欲はない。日本人FWのプレーなんて、どれも今僕がクラブでやってるのと
似たようなものだ。そのことを嘆く人は僕の周りには多かったけれども、それがそんなに
ひどいことだと僕は思わない。たぶん、ボールをもってないときにはひたすらプレスに走り回って、
中盤が入れてくれたボールを前線で少しでもてれば、それがこの停滞した日本サッカー界で巧くやっているってことなのだ。


58 :名無しが急に来たので :08/07/31 08:32 ID:nu.Um2gQ
良スレ

59 :反町 :08/08/02 14:13 ID:5Toz3Kwc
僕が北京五輪代表の選考をしてる時、彼
女は思い出したように質問してきた。
「ところで、4年前のアテネオリンピックは成功したの?」
「あれは見事なまでに失敗だった。」
僕はOA枠を無視しながら答えた。 まだ遠藤には未練が残っていた。
「4年前、日本がアテネに出場をした時メダルはねらえる筈だったんだ。少なく
とも僕はそう思おうとしていた」
「でも違ったのね」
「でも違ったんだ」
イタリアでくすぶっていた森本をすくい上げ、平山切りをしてからメンバーに入れる。帰化した李をさらに加える。
完成。
「誰が悪かったの?」
彼女はメモをとりながら僕に尋ねた。
僕は記憶をたどり、なるべく彼女に正確に伝えようと頭の
なかで整理してから答えた。
「人間力のおっさん」


60 :反町2 :08/08/02 20:52 ID:5Toz3Kwc
もちろん厳密に言えばそれは人間力のおっさんなんかではな
く、山本と呼ばれる代表監督だったのだが、彼女に1から説明する気にはならない。
それにあの時の僕にとって山本は人間力のおっさんと呼ぶに相応しい存在だった。
やれやれ。
考えてみて欲しい。
「人間力」があれば強豪国を押しのけてメダルを取れる。サッカーの試合にそんなスキルはない。
ならば帰化人や海外組を多くメンバー入れて個人技の不足を補おうとするのは至極当然の事だろう。
あの時出場した五輪代表の命運はまさに監督次第。メンバーを選び終わった瞬間から
アテネは日本にとって生と死が等価値の空間でしかなかったのだ。
人生とはえてしてそういうものだ。


61 :反町3 :08/08/07 21:20 ID:izb1Yb2.
「反町くん、選手選ぶの下手だねぇ」と会長は言った。
「そうですか」とぼくはいささか傷ついて言った。


62 :名無しが急に来たので :08/08/07 21:29 ID:izb1Yb2.
「あのね、森重君、どんな事情があるかは知らないけど、
そういう種類のことはあなたには向いてないし、ふさわしくないと思うんだけれど、どうかしら?」
と反町さんは言った。彼はテーブルの上に手を置いて、じっと僕の顔を見ていた。
「そうですね」と僕は言った。「自分でも時々そう思います」
「じゃあ、どうしてオーバーラップをやめないの?」
「時々前線でボールが欲しくなるんです」と僕は正直に言った。
「そういうゴールに絡む温もりのようなものがないと、時々たまらなく淋しくなるんです」


63 :名無しが急に来たので :08/08/07 21:37 ID:izb1Yb2.
「大丈夫、心配することはないよ。内田君は谷底の世代、北京五輪代表に含まれているんだよ。」
と香川は静かに言った。

「これまでもずっと含まれていたし、これからもずっと含まれている。
ここからすべてが始まるし、ここですべてが終わるんだ。
ここが内田君の場所なんだよ。それは変わらない。
君はここに繋がっている。
ここがみんなに繋がっている。ここが君の結び目なんだよ。」

「みんな?」

「枠にシュートが飛ばない若手FW。名ばかりのドリブラー。
似つかわしくない10番。そういうものみんなだよ。それがこのチームを中心にして
みんな繋がっているんだ」


64 :名無しが急に来たので :08/08/07 21:40 ID:izb1Yb2.
やれやれ、と僕はその日10本めの――たぶんそれくらいになって
いるはずだ――枠に飛ばないシュートをした。


65 :名無しが急に来たので :08/08/07 21:45 ID:izb1Yb2.
「どうして、あの時ゴールを外したの?」
と内田が訊いてきた。僕は彼のクロスを捉えられなかった理由を考えたが、
なぜかはわからなかった。試しに内田の質問を頭の中で三回程繰り返してみた。
だが、やはりというべきか一向にその理由は思い浮かばなかった。
「わからないよ」
と僕は首を左右に振りながら答えた。
すると、内田は「そう…」とだけ言って僕から顔を背けた。


66 :名無しが急に来たので :08/08/07 21:51 ID:izb1Yb2.
ゆで卵をむきながら男は話を続けた。
「俺も二十一年間いろんな日本代表を応援したけどね、こんなの初めてだな」
「何が」と僕は訊ねた。
「つまり、ね、ん…、あんなチャンスボールをゴール前で外す人なんてのはさ。
 ねえ、監督さんも大変でしょ?」
「そうでもないよ」と僕は二杯目のコーヒーをすすりながら言った。
「本当に?」
「本当さ」
「柳沢さんだってすごいんだから」と内田が言った。
「元祖QBKよ」と豊田が言った。
「参ったね」と男が言った。


67 :名無しが急に来たので :08/08/08 11:50 ID:g1aJA1R6
やれやれまた予選リーグ敗退か。

68 :名無しが急に来たので :08/08/08 12:38 ID:dLiCnYEQ
「いかに目立たないか・・それがサッカー選手の永遠のテーマなのさ。」
つぶさに放った彼の言葉に僕は肯定することも、もちろん否定することもできなかった。
「メディアはわかりやすく負けた試合を批難したがる。つまり、試合で一番目立った選手をやり玉にあげるというやりかたでね。」
それが現代社会の根底に根付いた日本人の生活信条を形容していることに気づいたのは、しばらく後になってからであった。





69 :名無しが急に来たので :08/08/08 20:54 ID:tKt61C/A
「どうしてスコットランドに隠れて住むようになったの?」
「きっとあんた笑うよ」と水野は言った。
「たぶん笑わないと思うよ」と僕は言った。
「誰にも言わない?」
「誰にも言わないよ」
「北京五輪に行きたくなかったからさ」
我々はしばらく黙って歩いた。


70 :名無しが急に来たので :08/08/08 21:46 ID:tKt61C/A
「ファールをゲットするのは嫌いですか?」
「好きも嫌いも、ただこけるだけですからね」
 監督は笑った。「好きも嫌いもないなんてことはないでしょう。大体において
代表FWをやったことのある人間はシミュレーションが嫌いなものです。決まってるんですよ。
正直に言っていいですよ。正直な意見が聞きたい」
「好きじゃないですね、正直言って」と僕は正直に言った。
「どうしてですか?」
「何をとっても馬鹿げてるように感じられるんです」と僕は言った。「大げさな転倒とか
痛そうな表情の芝居とか、被害者面して審判へアピールするとか
ボックスで何かあればシュートよりPK狙いだとか
セットプレーひとつにとるのにも演技しなくちゃいけないところとか、そういうのが
ひとつひとつ気に入らないんです」


71 :名無しが急に来たので :08/08/15 10:58 ID:qnHeVy5A
                     「時々パスを出すんです」
と梶山が言った。
「失礼?」と僕は言った。ちょっとぼんやりしていたもので、聞き間違えたような気
がしたのだ。
「時々パスを出すんです」と彼は繰り返した。
僕は彼の方を見た。彼は指の爪先でペットボトルの表面をなぞっていた。それから
中身の水を思い切り食道の奥へ吸い込んで十秒ばかりキープして、
そしてゆっくりと吐き出した。まるで吐しゃ物みたいに、水が彼の口から空中へ
と漂った。彼は僕にペットボトルを渡した。「給水用の水、ぬるくてもよければ
どうぞ」と彼は言った。
僕は肯いた。


72 :名無しが急に来たので :08/08/15 11:03 ID:qnHeVy5A
「ゲームメイクの話が聞きたいね」と僕は言った。
彼は僕の顔を見た。梶山の顔にはあいかわらず表情らしいものがなかった。
「話してもいいんですか?」と彼は言った。
「もちろん」と僕は言った。
「簡単な話なんです。相手のDFが寄ってきたら、近くの味方にボールを預けるんです。サイドや
ヒールでちょこっとやって、それでおしまいです。10秒もキープはしませんね」
「それで」と言ってから、僕は口をつぐんだ。次の言葉がうまくみつからなかったからだ。

彼はしばらくぼんやりしていた。
「5回に1回くらいはドリブルをします」と彼は言った。そしてまた指を鳴らした。「それく
らいのペースがいちばん良いような気がするんです。もちろん僕にとっては、というこ
とですが」
僕は曖昧に肯いた。ペース?


73 :反町4 :08/08/15 11:12 ID:qnHeVy5A
「結局、あなたの考えた五輪代表って、良くも悪くもあなた独りのものなのよね。
選手たちはきっとチームや日本のことなんて一度も考えなかったんじゃないかしら?」
そうだな、選手はたぶん日本を代表してることなんて考えもしなかったろう。でも僕は五輪代表の監督で、協会のお気に入りなのだ。
今更敗戦の責任のことを持ち出されても困る。
「戦い方に悔いはない」と僕は海外の監督の真似をして言った。
「あなたって面白い人ね」と言ってマスコミはくすくす笑った。
自慢じゃないけれど、私はマスコミの追求をかわすのがけっこう得意なのだ。


74 :反町5 :08/08/15 11:21 ID:qnHeVy5A
僕は正しい事をしたんだろうか?
「君は正しい事をしたんだ」小野と呼ばれる協会役員は言う。
「だって君は日本人監督で一番高学歴な協会のお気に入りなんだからね」

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